ソロル部屋
53.[ナイ] 「別に本物の鰯が飛んでくるわけじゃない。あの様子が鰯の群れたところにそっくりなんだ。あとで図鑑を見せてやるよ」<br>「そうなんだ……本物が飛んで来たら、お腹いっぱい食べられるのにね」<br>「トン助は面白いな。ハハハ！」<br><br> きっと今、自分はすごく間抜けな事を言っているんだろうな、と、グルッペンの反応を見て思う。彼は心底楽しそうに腹を抱えて笑っている。本物の鰯を見た事がない自分がそんなに面白いのだろうか。<br><br>「鰯はなんで群れるか知ってるか？」<br>「えっ……うーん。小さいから？」<br>「別に小さいだけじゃ群れる必要なんかないやろ」<br>「そっか……じゃあ、そういう習性だから」<br>「オイオイ、そんなん言うたらなんでもかんでもそうなってしまうだろう」<br>「そうだけど。じゃあ、何でなの？」<br><br> そう聞くと、グルッペンはニカっと笑って、それは個々が弱いからや、と教えてくれた。<br><br>「単体で狙われれば、弱いものはすぐ死んでしまう。だが数千、数万と集まれば、それは敵の目を欺き、一人に対する危険は格段に下がるだろう。希釈効果って言うんや」<br>「……へぇ」<br>「へぇってお前、今の理解できてるのか？」<br>「いや、あんまり……」<br><br> ブッと吹き出して、グルッペンが再び笑い出す。<br><br>「素直なことはええことやけど、面白すぎんで」<br>「なんか馬鹿にされてる感じがするけど……」<br>「されないようにするには、どうしたらええと思う？」<br><br> 馬鹿にされないようにする？ トントンはそんなことは考え付いたことがなかった。自分の存在は、常に誰かから否定されるべきであると、ずっと思っていたから。<br><br>「人前に出ない、とか」<br>「お前はやられっぱなしで悔しくはないんか？」<br><br> 悔しい……か、もうとっくに理不尽には慣れた。<br><br>「うーん、別に。物とか盗られるのは、困るなあって思うけど……」 09/14 19:45 PC PC
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