「おいおいマジか。お前正装用意できるんか?」「あー、ヤバいっすね」「さすがにそのヨレヨレじゃ上官からぶん殴られても文句言えへんぞ」 指摘されて自分の服を見れば、なるほどパソコン前にずっと座って作業しているだけなのに、いつの間にかシワまみれのみすぼらしい恰好になっていた。きっと数日寝ていないせいもある。あと数時間後には夜が明けて、朝も早くから普段は静かなここも騒がしくなるのだろう。鬱は慌てながらも、自分の部屋のクローゼットの中に思いを馳せていた。「一着だけ正装の軍服があるからそれ着るわ」「首の皮一枚やな。ほんならまぁ、明日会食でな」 煙草の灰を石壁に押し当てて、人の良いコネシマは笑いながら手をあげて去っていった。その広い背中を見送りながら、鬱は新しい煙草に火をつけた。 結局一睡もしないで迎えた翌朝、まだ日が地平線の近くから差してくる時間帯にこの拠点のほとんどの者が出迎える中、大きな黒い軍用車から、四人ばかりの男が降りてきた。初めに降りてきたのは必要な書類や荷を抱えた一般の兵士であったが、次に車体が大きく揺れ、鍛えられた体躯が中から現れた。その風貌はタミアラ国には珍しい黒髪で、襟足はきちんと刈り上げられており、車外へ降り立ってから一つも変えられることのない表情と、細いフレームの眼鏡から覗く赤い目の底冷えするような視線が、いかにも聡明叡智である事を物語っている。 その後から降りてきた男を見て、全員が姿勢を正す。冬季装備に身を包んだ身軽そうな男は、黒髪の男の隣へ立つと、預けていた自身の剣を受け取って外套を翻す。まるで1本1本が作り込まれた様なアッシュブロンドの髪と白い肌、灰色の虹彩を持つ珍しい瞳は、見る者を須(すべか)らく魅了するような存在であった。二人が並んで立てばあまりに対照的で、同じタミアラ国の黒い軍服に身を包んでいる事すら忘れてしまいそうであった。その顔が人々を見渡し、凛とした大輪のリーリウムのように綻んだ。「うっわ……久々に見たなぁグルちゃんのまともなところ。相変わらずの伊達男やなぁ〜」 鬱は列の後ろの方で軍用車を降り道を進んでくる二人を見やりながら、旧友をあだ名で呼び、呟く。もしも誰かに聞かれたら、下手をすれば首が飛ぶか、牢獄行きだ。
「おいおいマジか。お前正装用意できるんか?」
「あー、ヤバいっすね」
「さすがにそのヨレヨレじゃ上官からぶん殴られても文句言えへんぞ」
指摘されて自分の服を見れば、なるほどパソコン前にずっと座って作業しているだけなのに、いつの間にかシワまみれのみすぼらしい恰好になっていた。きっと数日寝ていないせいもある。あと数時間後には夜が明けて、朝も早くから普段は静かなここも騒がしくなるのだろう。鬱は慌てながらも、自分の部屋のクローゼットの中に思いを馳せていた。
「一着だけ正装の軍服があるからそれ着るわ」
「首の皮一枚やな。ほんならまぁ、明日会食でな」
煙草の灰を石壁に押し当てて、人の良いコネシマは笑いながら手をあげて去っていった。その広い背中を見送りながら、鬱は新しい煙草に火をつけた。
結局一睡もしないで迎えた翌朝、まだ日が地平線の近くから差してくる時間帯にこの拠点のほとんどの者が出迎える中、大きな黒い軍用車から、四人ばかりの男が降りてきた。初めに降りてきたのは必要な書類や荷を抱えた一般の兵士であったが、次に車体が大きく揺れ、鍛えられた体躯が中から現れた。その風貌はタミアラ国には珍しい黒髪で、襟足はきちんと刈り上げられており、車外へ降り立ってから一つも変えられることのない表情と、細いフレームの眼鏡から覗く赤い目の底冷えするような視線が、いかにも聡明叡智である事を物語っている。
その後から降りてきた男を見て、全員が姿勢を正す。冬季装備に身を包んだ身軽そうな男は、黒髪の男の隣へ立つと、預けていた自身の剣を受け取って外套を翻す。まるで1本1本が作り込まれた様なアッシュブロンドの髪と白い肌、灰色の虹彩を持つ珍しい瞳は、見る者を須(すべか)らく魅了するような存在であった。二人が並んで立てばあまりに対照的で、同じタミアラ国の黒い軍服に身を包んでいる事すら忘れてしまいそうであった。その顔が人々を見渡し、凛とした大輪のリーリウムのように綻んだ。
「うっわ……久々に見たなぁグルちゃんのまともなところ。相変わらずの伊達男やなぁ〜」
鬱は列の後ろの方で軍用車を降り道を進んでくる二人を見やりながら、旧友をあだ名で呼び、呟く。もしも誰かに聞かれたら、下手をすれば首が飛ぶか、牢獄行きだ。