『彼らの日常』
障子越しに差し込む柔らかい光の中、トントンはどこか懐かしさの漂う青黒檀の手すりについた傷の一つ一つを掌で確かめながら、微かにギィギィと軋む階段を静かに上がる。ここはグルッペン・フューラーの所有する家である。いや、所有するというのは多少語弊がある、というのも彼は先の戦争でその命を散らせてしまった。皮肉なことに彼が亡くなったという一報を、自らが裏切った祖国“タミアラ国”の将官より告げられた。彼の死を聞き呆然とする自分に向かい、タミアラ国の将官が鉄格子の向こうから言い放った言葉は今でも忘れられない。
『折角祖国を裏切ってまで仕官したミヨイ国は、もうお前を必要としないとの事だ。祖国を捨てた男が、異国に捨てられる……役立たずの裏切者にはピッタリの末路だな、ミヨイ国の師団参謀長殿』
顔を上げれば流麗なる欄間が目に留まり、階段の途中で足を止めてその美しいミヨイ国独特の彫刻を眺める。見事だ、とは思えどそれ以上の感想は特に抱かない。小さく息をついて階段を上がり切ると、廊下の向こうからバタバタと騒がしい音がして、まるで弾ける様な鮮烈さでいくつかのが聞こえてくる。
「何で二人して俺の眠りの邪魔すんねん!」
「邪魔なんかしてないめうー、だってだってシャオさんが〜」
「あ? なんや、やるんかクソチワワ。寝坊する方がいけないんやで」
「なんやとこのクソ平均化野郎! お前、おまえ〜……そんなん言うんやったらやったるぞ!?」
「私の為に争うのはやめて〜」
「別にお前の為ちゃうわ!」
「そうだよ」
三人…いや、口汚く罵りあう二人と、その間を愉しそうに漂う1人の“幽霊”。その幽霊と男二人は、ごく自然に言葉を交わしあっており、こんな奇妙な光景が、この屋敷では日常茶飯事である。ドタバタと廊下を突き進みみながら騒いでいた二人は、階段の前に立っているトントンに気付いて一瞬ギョッとしたような表情で歩みを鈍らせる。幽霊の方はおっとりとした口調と笑顔で、トントンに話しかける。
「おはようトントン〜」
2018/09/01 20:23
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