「アイリスか」 それは彼にはなじみの深い花であった。この花は、許嫁であったライラ嬢の好きだった花だ。彼女は変わりなく過ごしているだろうか。今でも自分の帰りを待っているのだろうか、それは解らない。自分の死は、きっと告げられているだろう。神よどうか彼女の心を覆う闇から、彼女を守ってほしい。 僅かな風に揺れる愛を詠う花に、そっと顔を近付けて香りを楽しむ。まるで大切な何かに口づける様な儚さで…… カシンと音を立てて、ソースのついた銀製のナイフが床へと落ちた。「えっ……亡く、なられた?」 トントンは驚きのあまり目を見開いた。「す、すみません……」「いや、気にすることはない。君たち三人はとても仲が良かったからね。彼女は爆撃に巻き込まれ、命を落としたんだ。そしてまるで後を追う様にグルッペンが戦死した報せが届いたんだ」 側に控えていた世話係が、トントンの落としたナイフを拾い、新しいものに換えられる。「そう、でしたか。それは残念です」「戦争とはそういうものだ。グルッペンも軍人であるが以上、そこのところはよくよく理解していただろう」「そうですね」 自分の心臓がやけに早く脈打ち、息が詰まるような気持ちになる。死んだ、彼女が。グルッペンの最愛の人が。「もしよかったら二人の墓に、顔を出してやってくれないか。君が顔を見せれば、グルッペンは喜ぶはずだ……戦争では敵軍だっただろうが、私は君が彼の一番の理解者であると疑って止まぬ」「……」 いわれるがまま、風そよぐ丘の上の軍人墓地へとやってきた。もう日は傾き、西の果てから差し込んでくる矢のような光も、段々と弱くなっていくだろう。グルッペン・フューラー、彼の墓の隣の区画には、彼のそれより小さな墓があった。トントンは花束を二人の墓の前にそれぞれ置いた。タミアラ国の軍人墓地に佇むミヨイクニの軍服を着た自分は、この安らかな風景のどこにも溶け込めない存在であった。長い事墓の前で瞳を伏せていた。茜の空に吹き抜ける風の中でトントンは呟いた。
「アイリスか」
それは彼にはなじみの深い花であった。この花は、許嫁であったライラ嬢の好きだった花だ。彼女は変わりなく過ごしているだろうか。今でも自分の帰りを待っているのだろうか、それは解らない。自分の死は、きっと告げられているだろう。神よどうか彼女の心を覆う闇から、彼女を守ってほしい。
僅かな風に揺れる愛を詠う花に、そっと顔を近付けて香りを楽しむ。まるで大切な何かに口づける様な儚さで……
カシンと音を立てて、ソースのついた銀製のナイフが床へと落ちた。
「えっ……亡く、なられた?」
トントンは驚きのあまり目を見開いた。
「す、すみません……」
「いや、気にすることはない。君たち三人はとても仲が良かったからね。彼女は爆撃に巻き込まれ、命を落としたんだ。そしてまるで後を追う様にグルッペンが戦死した報せが届いたんだ」
側に控えていた世話係が、トントンの落としたナイフを拾い、新しいものに換えられる。
「そう、でしたか。それは残念です」
「戦争とはそういうものだ。グルッペンも軍人であるが以上、そこのところはよくよく理解していただろう」
「そうですね」
自分の心臓がやけに早く脈打ち、息が詰まるような気持ちになる。死んだ、彼女が。グルッペンの最愛の人が。
「もしよかったら二人の墓に、顔を出してやってくれないか。君が顔を見せれば、グルッペンは喜ぶはずだ……戦争では敵軍だっただろうが、私は君が彼の一番の理解者であると疑って止まぬ」
「……」
いわれるがまま、風そよぐ丘の上の軍人墓地へとやってきた。もう日は傾き、西の果てから差し込んでくる矢のような光も、段々と弱くなっていくだろう。グルッペン・フューラー、彼の墓の隣の区画には、彼のそれより小さな墓があった。トントンは花束を二人の墓の前にそれぞれ置いた。タミアラ国の軍人墓地に佇むミヨイクニの軍服を着た自分は、この安らかな風景のどこにも溶け込めない存在であった。長い事墓の前で瞳を伏せていた。茜の空に吹き抜ける風の中でトントンは呟いた。