まだ暗い庭を、影のように走る。惨劇が広がっているところを嫌でも想像してしまう。畜舎が見えると、すぐにイフリートの姿を確認することができた。狼犬は畜舎の前に立ちはだかり、虚空に向かって威嚇の咆哮を上げているのだ。一瞬ゾムは理解できずにその場で固まる。あんなに普段無駄吠えしないイフリートが、何もないところに向かって激しく怖ろしげな唸りをあげている。雲間から月が顔を覗かせ、月光が地面を照らす。そこに、いた。「悪霊や!!」 イフリートの前には、少なくとも数体の悪霊の影が見えた。賢い狼犬は、屋敷に侵入してきた悪霊をひきつけながら、畜舎も守ろうと一匹で立ち向かっていたのだ。ゾムの叫びに、形のない闇が振り向き、彼を暗黒の瞳でとらえる。このままでは分が悪い……そう思った時、イフリートが背を向けた悪霊の背後から、首元にむかって噛みついた。悪霊は身悶え、ブン、とイフリートの軽い体が宙に浮いた。あっと息をのんだが、まだ幼い犬狼は、食い込ませた牙を離すことはなかった。その目は、主人に対する信頼と、助けを呼んできて欲しいと訴えているようで、ゾムは弾かれた様に屋敷へと飛び込んだ。「皆ッ! みんな起きてやッ!!」 ゾムの切羽詰まった声に、畜舎へ近い方にいたエーミールと、ショッピがすぐに駆け付けた。「ゾムさん!? どうしました、こんな夜更けに」「ええから早くッ……間に合わんと、死んでまうッ!」 只ならぬ彼の様子に、ショッピは危機を察知してゾムについて行き、荒事に慣れていないエーミールはパニックの末、分厚い辞書を片手に庭へと走る。畜舎の方へと向かえば、段々と激しく聞こえてくる咆哮と土を蹴る音が、焦りをかき立てる。「なんでエミさんそんな物持ってきたんですか?」「し、知りませんよ、とりあえずと思って掴んだものがこれだったので! これで殴ればちょっとは効くでしょう!」「まあいざとなったら俺がやりますんで……」 ショッピとエーミールのやりとりを背に受けながら、精一杯の速度で畜舎へとたどり着く。「イフリートッ!」
まだ暗い庭を、影のように走る。惨劇が広がっているところを嫌でも想像してしまう。畜舎が見えると、すぐにイフリートの姿を確認することができた。狼犬は畜舎の前に立ちはだかり、虚空に向かって威嚇の咆哮を上げているのだ。一瞬ゾムは理解できずにその場で固まる。あんなに普段無駄吠えしないイフリートが、何もないところに向かって激しく怖ろしげな唸りをあげている。雲間から月が顔を覗かせ、月光が地面を照らす。そこに、いた。
「悪霊や!!」
イフリートの前には、少なくとも数体の悪霊の影が見えた。賢い狼犬は、屋敷に侵入してきた悪霊をひきつけながら、畜舎も守ろうと一匹で立ち向かっていたのだ。ゾムの叫びに、形のない闇が振り向き、彼を暗黒の瞳でとらえる。このままでは分が悪い……そう思った時、イフリートが背を向けた悪霊の背後から、首元にむかって噛みついた。悪霊は身悶え、ブン、とイフリートの軽い体が宙に浮いた。あっと息をのんだが、まだ幼い犬狼は、食い込ませた牙を離すことはなかった。その目は、主人に対する信頼と、助けを呼んできて欲しいと訴えているようで、ゾムは弾かれた様に屋敷へと飛び込んだ。
「皆ッ! みんな起きてやッ!!」
ゾムの切羽詰まった声に、畜舎へ近い方にいたエーミールと、ショッピがすぐに駆け付けた。
「ゾムさん!? どうしました、こんな夜更けに」
「ええから早くッ……間に合わんと、死んでまうッ!」
只ならぬ彼の様子に、ショッピは危機を察知してゾムについて行き、荒事に慣れていないエーミールはパニックの末、分厚い辞書を片手に庭へと走る。畜舎の方へと向かえば、段々と激しく聞こえてくる咆哮と土を蹴る音が、焦りをかき立てる。
「なんでエミさんそんな物持ってきたんですか?」
「し、知りませんよ、とりあえずと思って掴んだものがこれだったので! これで殴ればちょっとは効くでしょう!」
「まあいざとなったら俺がやりますんで……」
ショッピとエーミールのやりとりを背に受けながら、精一杯の速度で畜舎へとたどり着く。
「イフリートッ!」