「お前なんか死ねよ!」 殴られてぼやける視界がぐるりと反転した。青い空が見える。一瞬、上級生たちが橋から顔を覗かせて、しまったという顔をするのが見えた。だが、それも一瞬の事。すぐに全身を濁流が飲み込み、下流へと流されていく。「ッ、苦し……ゲホッ……ッふ!」 まるで龍の如きうねりは、一人の少年が抗うにはあまりに大それた力であった。大量に水を飲む。なんとか水面へと顔を出す。息継ぎ、また水を飲む。水中でもんどりうって、ついに水面の方向が解らなくなった。もう諦めたい、諦めたいのに、本能がそれを許さなかった。もはや力尽きる寸前という時、大きな岩に体が当たった。その岩の上へ必死によじ登る。流れに対抗して岩肌を掴んでいた爪が割れた。肺が熱く痛い。水を何度も吐き戻しながら、トントンは濁流の中頭を出していた岩の上へと体を伏せた。もう体力も気力も限界だ。 遠くなってゆく意識の中、複数の犬の吠える声と、数人の男の声が聞こえた気がした。「おぉ、気が付いたかね」 聞いたことのない低い声に、黒髪の少年の意識はゆっくりとゆっくりと浮上した。目を開けると、真っ白い天井とカーテン、大きな点滴の袋がいくつも下がった機器と管が見えた。嗅ぎなれない匂いと、定期的な機械音。カーテンの外からはいくつかの話声が聞こえた。自分の右手に、精悍な顔つきをした軍制服姿の男性が立っていた。トントンはその黒い軍服に見覚えがあった。それはタミアラ国の駐屯地で見かけたことがあったものと同じであった。その男性が自分を覗き込んで、笑みを浮かべる。「君、大丈夫かね? うーむ、まだ意識がハッキリしないのだろうか。痛いところはないか」 低く穏やかな声でそう問われ、トントンは軽く頷いた。小さな動作だったが意思疎通ができたようで、目の前の男性は嬉しそうに白い歯を見せた。青灰色の瞳と金の髪が軍帽からすこしはみ出して見えた。「そうか、よかった。私はゲラルト・フューラーという者だ。10日程前に猟をしている最中、君を川で発見したんだ。覚えているかい?」
「お前なんか死ねよ!」
殴られてぼやける視界がぐるりと反転した。青い空が見える。一瞬、上級生たちが橋から顔を覗かせて、しまったという顔をするのが見えた。だが、それも一瞬の事。すぐに全身を濁流が飲み込み、下流へと流されていく。
「ッ、苦し……ゲホッ……ッふ!」
まるで龍の如きうねりは、一人の少年が抗うにはあまりに大それた力であった。大量に水を飲む。なんとか水面へと顔を出す。息継ぎ、また水を飲む。水中でもんどりうって、ついに水面の方向が解らなくなった。もう諦めたい、諦めたいのに、本能がそれを許さなかった。もはや力尽きる寸前という時、大きな岩に体が当たった。その岩の上へ必死によじ登る。流れに対抗して岩肌を掴んでいた爪が割れた。肺が熱く痛い。水を何度も吐き戻しながら、トントンは濁流の中頭を出していた岩の上へと体を伏せた。もう体力も気力も限界だ。
遠くなってゆく意識の中、複数の犬の吠える声と、数人の男の声が聞こえた気がした。
「おぉ、気が付いたかね」
聞いたことのない低い声に、黒髪の少年の意識はゆっくりとゆっくりと浮上した。目を開けると、真っ白い天井とカーテン、大きな点滴の袋がいくつも下がった機器と管が見えた。嗅ぎなれない匂いと、定期的な機械音。カーテンの外からはいくつかの話声が聞こえた。自分の右手に、精悍な顔つきをした軍制服姿の男性が立っていた。トントンはその黒い軍服に見覚えがあった。それはタミアラ国の駐屯地で見かけたことがあったものと同じであった。その男性が自分を覗き込んで、笑みを浮かべる。
「君、大丈夫かね? うーむ、まだ意識がハッキリしないのだろうか。痛いところはないか」
低く穏やかな声でそう問われ、トントンは軽く頷いた。小さな動作だったが意思疎通ができたようで、目の前の男性は嬉しそうに白い歯を見せた。青灰色の瞳と金の髪が軍帽からすこしはみ出して見えた。
「そうか、よかった。私はゲラルト・フューラーという者だ。10日程前に猟をしている最中、君を川で発見したんだ。覚えているかい?」