自分が橋から落ちたことは覚えている。その原因も……だが、それを訴えたところでどうなるのだろう。好奇で哀れみの目を向けられるのは嫌いだった。トントンはゲラルトと名乗った紳士に対して、今度は首を横へと振った。ゲラルトはふぅむと一声出して、自分の顎髭を指で撫でた。「一応周辺の町や村に、行方不明者が出ていないかと聞いたのだが、君の容姿はそのどれにも該当しなくてね」「……」「心配しなくてもいい。私が責任をもって君を生家へと送り届けよう」 あぁ、やっぱり。自分はあそこへ戻らなくてはならないのだ。助けなんてもうどこにもない。同情で一時的に手を差し伸べられても、期待は裏切られるばかりだ。 赤い瞳は縁起が悪く、悪魔の化身と言われたり村の滅亡を招くと言われたり、自分にはそんな力はないのにと首をかしげるばかりだ。この赤い瞳に本当にそんな力があったなら、殴られたりしないように振舞えるのに……そんな自分にも時々こうやって物珍しさに手を差し伸べてくる人間もいた。だが心を開けば、途端に突き放される。誰も自分の命に責任を持ちたくないようで、払われた手よりも心が痛んだ。「それにしても、どこかに相当酷く打ち付けたかな。まだ痣がこんなに酷く……」 ゲラルトの手がトントンの顔へと近付けられ、一気に心に恐怖が湧き上がる。咄嗟にその手から逃れようと頭を両腕で抱えた。強張った体がマットを蹴って、簡素な鉄パイプのベッドが壁に当たり、ガシャンと大きな音を立て、病室はシンと静まり返った。ガチガチと歯の根が合わず、呼吸が乱れる。「君……!」 軍人の困惑に満ち溢れた声が聞こえるが、そんなものに構っていられなかった。父に目を抉られそうになった記憶が蘇り、顔に近付いてくる大人の男の手が、怖くて仕方がなかった。
自分が橋から落ちたことは覚えている。その原因も……だが、それを訴えたところでどうなるのだろう。好奇で哀れみの目を向けられるのは嫌いだった。トントンはゲラルトと名乗った紳士に対して、今度は首を横へと振った。ゲラルトはふぅむと一声出して、自分の顎髭を指で撫でた。
「一応周辺の町や村に、行方不明者が出ていないかと聞いたのだが、君の容姿はそのどれにも該当しなくてね」
「……」
「心配しなくてもいい。私が責任をもって君を生家へと送り届けよう」
あぁ、やっぱり。自分はあそこへ戻らなくてはならないのだ。助けなんてもうどこにもない。同情で一時的に手を差し伸べられても、期待は裏切られるばかりだ。
赤い瞳は縁起が悪く、悪魔の化身と言われたり村の滅亡を招くと言われたり、自分にはそんな力はないのにと首をかしげるばかりだ。この赤い瞳に本当にそんな力があったなら、殴られたりしないように振舞えるのに……そんな自分にも時々こうやって物珍しさに手を差し伸べてくる人間もいた。だが心を開けば、途端に突き放される。誰も自分の命に責任を持ちたくないようで、払われた手よりも心が痛んだ。
「それにしても、どこかに相当酷く打ち付けたかな。まだ痣がこんなに酷く……」
ゲラルトの手がトントンの顔へと近付けられ、一気に心に恐怖が湧き上がる。咄嗟にその手から逃れようと頭を両腕で抱えた。強張った体がマットを蹴って、簡素な鉄パイプのベッドが壁に当たり、ガシャンと大きな音を立て、病室はシンと静まり返った。ガチガチと歯の根が合わず、呼吸が乱れる。
「君……!」
軍人の困惑に満ち溢れた声が聞こえるが、そんなものに構っていられなかった。父に目を抉られそうになった記憶が蘇り、顔に近付いてくる大人の男の手が、怖くて仕方がなかった。